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第2話 僕が愛する灯里は、彼女のほうだ

ผู้เขียน: 悠・A・ロッサ
last update วันที่เผยแพร่: 2026-08-11 13:15:54

「誰がお前の主人か、答えろ」

 正臣の声が、寝室に落ちた。

 莉乃はシーツの上で頬を赤くし、正臣の胸に指を置いた。

「正臣さまです」

「そうだ、灯里。いい子だ」

 正臣が満足そうに莉乃の髪を撫でた。

 莉乃はその手に頬を寄せ、正臣の首に両腕を回した。正臣が彼女の腰を引き寄せる。シーツがずれ、二人の唇が重なった。

「正臣さま、もっと……もっとください」

 莉乃が息の混じる声でねだった。

 その瞬間、足が動いた。

 考えたわけじゃない。

 怒るべきだとか、確かめるべきだとか、そう思う前に身体が動いていた。

 私は寝室へ踏み込んだ。

「やめなさい!!」

 声が震えた。

 でも止まらなかった。

「その名前で、その女を呼ばないで」

 莉乃がびくりと肩を揺らした。胸まで引き上げていたシーツがずれ、裸の肩が見えた。

 見たくなかった。

 なのに目が離せなかった。

 私の寝室。

 私のベッド。

 私の香水。

 私のシーツ。

 私の名前まで。

 全部、莉乃が奪っていた。

 莉乃は私より頬が丸く、目元も甘い。

 けれど髪を低くまとめ、眉を細く整え、薄いローズの口紅を引くと、不気味なほど私に似ていた。

 背筋を伸ばし、顎を少し引く癖まで真似ている。

 私の顔まで、この女の上で作られていた。

 私はベッドへ近づき、莉乃の腕をつかもうとした。

「どきなさい」

「奥様……」

「ここは私の場所よ」

 指先が莉乃の袖に触れる前に、正臣が私の手首をつかんだ。

 強い力で、手首の骨がきしんだ。

「痛っ……」

「灯里」

「離して」

「騒ぐな」

 正臣は見たこともないような顔をしていた。

 支配欲に満ちた傲慢な顔。

 いつものような、私を崇拝する顔じゃない。

 これが、この人の素顔なのだろうと直感した。

 正臣が手を振った。

 私はよろけ、鏡台に肩をぶつけた。

 ガシャン。

 香水の瓶が一本、倒れた。

 私が三日前から探していた瓶だった。

 琥珀色の細い瓶。

 サンタル・ロザ。

 結婚した年、正臣が私に選んだ香り。

 盗んだの。

 私の部屋から。

 そして身にまとったの。

 莉乃の首筋から、その香りが濃く立っていた。

「あなたたち、おかしいわ」

 怒りで声が震えた。

 喉がひきつれて、息がうまく吸えなかった。

 視界の端が赤くにじむ。

「こんなの……普通じゃない」

 言いたいことが多すぎて、言葉がつかえた。

「妻の服を、別の女に着せて。私の名前で呼んで。奏汰にまで、母親だって……こんな、こんなの」

 声が大きくなった。

 胸の奥で、何かが燃えていた。

 自分でも止められなかった。

「おかしいわ。気持ちが悪いっ……!」

「浮気じゃない」

 正臣は、私が間違えた言葉を使ったように言った。

「裸で抱き合っていて、何を言っているの?」

「僕が愛しているのは、灯里だけだ」

 そう言いながら、正臣が抱き寄せたのは莉乃だった。

「おかしくない」

「灯里を、あるべき形に戻しているだけだ」

 莉乃が正臣の腕の中で身を縮めた。

「正臣さま、怖いです」

 その声で、正臣の顔が変わった。

「灯里。彼女を怖がらせるな」

「怖がっているのは私よ」

 正臣の眉が寄った。

「ここは私の寝室よ。あなたたちが出ていく場所でしょう」

「黙れ」

「黙らない。私はあなたの妻よ。こんな扱いをされて、黙っているわけないでしょう」

 正臣がベッドから立ち上がった。

 シーツが落ち、莉乃が小さく悲鳴を上げた。

「灯里」

 一歩、近づいてくる。

「謝れ」

「誰に」

「彼女にだ」

 正臣の視線は、莉乃に向いていた。

 耳を疑った。

「どうして私が、こんな女に」

 ぱしん。

 乾いた音がして、頬が熱くなった。

 叩かれたのだと、少し遅れてわかった。

 正臣の手が、まだ宙に残っている。

「灯里を侮辱するな」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

「私が灯里よ!」

 声が寝室に跳ね返った。

 正臣は眉ひとつ動かさなかった。

「君は完全じゃない」

 正臣は莉乃の肩を抱いた。

「彼女が、完全な灯里だ」

 その一言で、頭の奥が白くなった。

 完全な灯里。

 私の名前を奪われたのだと、ようやくわかった。

 服や香水だけじゃない。

 正臣は、私そのものを別の女で作り直していた。

「……何を言っているの」

 声がかすれた。

「私が本物よ。私が桐谷灯里よ」

「本物だから完全だとは限らない」

 正臣は平然と言った。

「君はすぐ制限する。怒る。疑う。奏汰にも厳しすぎる。僕が何をしても、君は正しさばかり見ている」

 正臣の声が、少し低くなった。

「それに……君は僕を愛さない」

 息が止まった。

 違う、とすぐには言えなかった。

 正臣を愛していた。

 結婚した頃は、帰ってくる車の音が聞こえるだけで玄関へ向かった。抱きしめられると、それだけで一日が報われた。

 けれど、いつからか私は、夫として正臣を尊重し、久条家の妻として支えることばかり考えるようになった。

 恋をするように見上げた気持ちが、どこで消えたのか。考えないようにしていた。

「愛してきたわ」

「違う。君は久条家の妻をやっていただけだ。正しい妻で、正しい母で、正しい管理者で。僕を見る時まで、採点する目をしている」

 莉乃が、シーツの中で私を見た。

 私のシーツにくるまり、私の香水をまとったまま。

「奥様は厳しすぎるんです」

 甘い声だった。

「旦那様にも、奏汰様にも。みんな、奥様の前では息が詰まるんです。だから、みんな、奥様が嫌いなんです」

 思わず、息が詰まった。

 正臣は否定しなかった。

「灯里は僕を見上げる。僕を責めない。僕を必要とする」

 正臣は莉乃の髪を撫でた。

「僕が愛する灯里は、彼女のほうだ」

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